鎌倉の文化・歴史・美術館

鎌倉が初めての武家政権として歴史の表舞台に立ったのは800年以上前。鎌倉時代にはそれまでの仏教とは趣を異にする新しい宗派がいくつも生まれ「浄土宗」や「禅宗(臨済宗・曹洞宗等)」、「日蓮宗」などが盛んになり、仏像の世界では写実性に満ち満ちた作品を生み出す運慶をはじめとする「慶派」が鎌倉を舞台に大活躍。鎌倉幕府滅亡後、一時期地方の寒村となって多くの寺社が荒廃し廃寺となる寺もありましたが、鶴岡八幡宮は武家政権の象徴として崇敬を集めてきました。
明治時代になると歴史が薫る東京近郊の別荘地として多くの富裕層が別荘を鎌倉に構え、「鎌倉文士」と呼ばれた作家たちを代表とするような感度の高い文化人、知識人が移住するようになって独自の気風を養いました。
現在では、いたるところで歴史の名残が残り複雑な地形が織りなす景色に惹かれてお洒落で美味しいレストランや感度の高いショップが集まり、また、海岸近くではサーファーたちが集まって新しい風を鎌倉に吹き込んでいます。

鎌倉の美術館・史跡マップ

 

鎌倉の美術館・資料館一覧

鎌倉国宝館

鎌倉国宝館

鎌倉にも甚大な被害をもたらした関東大震災を契機に設立された鎌倉の重要文化財を保管・展示する博物館。

鎌倉文学館

鎌倉文学館

鎌倉三大洋館の一つ。館内には鎌倉文士の直筆原稿や愛用品などを展示。大きなテラスでのコンサートも魅力。

鎌倉の歴史・史跡一覧

大仏切通し

鎌倉七口・大仏切通し

鎌倉大仏の裏山からハイキングコースに入ると大仏切通しへの分かれ道が。鎌倉時代からの重要な外界とつなぐ路。

化粧坂切通し

鎌倉七口・化粧坂切通し

鎌倉七口の中でも一番の急勾配と言われ、今でも岩肌が露出して当時の面影を今に伝える貴重な切通し。

亀ケ谷坂切通し

鎌倉七口・亀ケ谷坂切通し

北鎌倉の大寺院と鎌倉中心を結んでいた重要な切通し。亀がひっくり変えるほど急勾配だから「亀ケ谷坂」。

名越切通し

鎌倉七口・名越切通し

鎌倉から三浦半島へと抜ける重要な路が「名越切通し」。中世にタイムスリップしたかのような雰囲気が魅力。

朝夷奈切通し

鎌倉七口・朝夷奈切通し

鎌倉市内とその外をつなぐ重要な陸路の一つだった朝夷奈切通し。港のある六浦とを結ぶとても重要な道でした。

極楽寺坂切通し

鎌倉七口・極楽寺坂切通し

京都方面へと続く鎌倉西の玄関口。新田義貞の鎌倉攻めでは激戦区となった切通しのひとつでもあります。

巨福呂坂切通し

鎌倉七口・巨福呂坂切通し

鎌倉と北鎌倉を結ぶために山を掘削して切り開いた重要な道。鎌倉と外界を結ぶ「鎌倉七口」の一つに数えられる。

釈迦堂口切通し

釈迦堂口切通し

鎌倉内部にある切通し。大町地区と常明寺地区を結ぶ生活道路として利用されてきたが現在は通行止め。

稲村ヶ崎

稲村ヶ崎(稲村ガ崎公園)

鎌倉幕府滅亡の端緒となった歴史的な場所。展望台からは七里ヶ浜、江ノ島、富士山と広大な太平洋の水平線。

和賀江島

和賀江島

日本国内最古の現存する築港遺跡。建造は1232年、僧侶の往阿弥陀仏による。干潮時には島全体が姿を現します。

腹切やぐら

腹切やぐら

鎌倉幕府が滅亡した場所、東勝寺跡の裏にあります。幕府滅亡時に追い込まれて自刃した北条氏家臣870余名の墓所。

正宗工芸

正宗工芸美術製作所

日本刀「相州伝」の祖、正宗の24代が今に伝える正宗工芸。700年以上に渡り鍛え抜かれた文化・技術を感じて。