東勝寺跡

  • 東勝寺跡
  • 東勝寺跡を囲むフェンス
  • 東勝寺跡の外壁
  • 東勝寺橋
  • 東勝寺橋2
  • 滑川
  • 石碑

東勝寺跡

鎌倉幕府、滅亡の地。

小町通りの方面だけでなく、八幡さまに向かって若宮大路の右側も小町と呼ばれる地域です。観光客が絶えず行き交う小町通りとは異なり、主に住宅街が広がります。さらにその奥は今でも一部山肌を残しています。本覚寺や宝戒寺、妙隆寺などところどころに寺院も見られるのが鎌倉らしいところでしょう。その一角に何もない寂しい草っ原が広がり「東勝寺跡」という国指定史跡として存在しているのをご存知でしょうか。ここは鎌倉時代の終焉を知る上では外せない重要な史跡なのです。

鎌倉幕府最後の執権であった北条高時は、元弘3年(1333)の新田義貞らの鎌倉攻めにより追い詰められ、ここ東勝寺で一族郎党870人余が自害したと伝わっています。これはつまりは鎌倉幕府の終焉でした。平成8年から9年にかけて行われた発掘調査では、焼失したと考えられる建物の跡とそれを覆う炭の層が見つかっています。ちなみにこの北条一族を弔う目的で建てられたのが現在も小町にある宝戒寺です。

どことなく寂しい雰囲気が漂うフェンスの向こう側の広い草原。かなりの大寺院であったと伝わる東勝寺はこの辺り一帯が境内であったと考えられています。なので現在史跡として残されている土地はそのごく一部なのでしょう。裏山にある祇園山ハイキングコースを歩きがてら、一度訪れてみてはいかがでしょう。

名称 東勝寺跡
所在地 〒248-0006 神奈川県鎌倉市 小町3
アクセス

JR鎌倉駅東口、江ノ島電鉄鎌倉駅より徒歩10分。

拝観時間 特に規定はありませんが、目の前は住宅街ですので近隣住民の迷惑にならないよう心がけましょう。
休日 なし
駐車場 なし
駐輪場 なし
撮影 撮影自由

東勝寺跡・詳細情報(現在は廃寺)

東勝寺・詳細情報(現在は廃寺)

東勝寺跡・詳細情報

◼︎名称:東勝寺(とうしょうじ)
◼︎正式名称:青龍山東勝寺(せいりゅうざんとうしょうじ)
◼︎宗派:臨済宗など(諸派あったといわれる)
◼︎御本尊:地蔵菩薩
◼︎創建:嘉禄元年(1225)
◼︎開山:退耕行勇
◼︎開基:北条泰時

東勝寺の縁起について

東勝寺跡・縁起

嘉禄元年(1225)に東勝寺は北条泰時によって北条家の菩提寺として創建されました。様々な宗派を学ぶ諸宗兼学の寺院であった東勝寺は、この周辺の地形と一体となった防御のための城郭的な役割も担っていたと考えられています。元弘3年(1333)に新田義貞らの鎌倉攻めで鎌倉幕府執権・北条一族は滅亡し、東勝寺は焼け落ちました。その後すぐに再建されましたが室町時代の途中で廃絶したと考えられています。

フェンスに囲まれた史跡

東勝寺跡・外観

寂しく残る広い草原は狭い小町の住宅街の中で際立ちます。当時はさらに広い敷地が東勝寺の境内であったと考えられています。現在は東勝寺跡の目の前まで住宅が建っています。

石垣

東勝寺跡・外観

発掘調査によって鎌倉石の石垣が当時はここにあったことがわかっています。復元したわけでは無さそうですが、現在も東勝寺跡の周りの一部には石垣が積まれています。

東勝寺橋と滑川

東勝寺橋

東勝寺跡のすぐ脇には滑川が流れ、そこへ架かる橋は「東勝寺橋」と名付けられています。大正13年に建造されたアーチ構造の橋で「かまくら景観百景」に選定されています。橋から眺める川は美しいものです。激しい戦いを繰り広げたのであろう武士の姿に想いを馳せながら渡ってみては。

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