「鎌倉国宝館に行くと、お寺巡りがもっと楽しくなる」

鎌倉国宝館特集

  • 鎌倉国宝館・外観
  • 鎌倉国宝館・収蔵名品目録
  • 浄智寺・韋駄天立像
  • 円応寺、初江王坐像
  • 円応寺、倶生神(ぐしょうしん)坐像1
  • 円応寺、倶生神(ぐしょうしん)坐像2
  • 明月院、上杉重房坐像
  • 明月院、寿福寺・地蔵菩薩立像

鎌倉国宝館について

鶴岡八幡宮の境内にある「鎌倉国宝館」をご存知ですか?

古都鎌倉の歴史的文化財が数多く展示され、予備知識なしにも十分楽しめる博物館です。Uniequely鎌倉では、鎌倉国宝館に収蔵されている仏像に関連する「現存のお寺」をいくつかピックアップしてご紹介します。きっとお寺巡りがより楽しくなると思いますよ。

※参考文献「鎌倉国宝館 収蔵名品目録」平成23年6月10日初版発行、平成25年3月29日再版発行

鎌倉国宝館には数多くの名品が収蔵されています。

浄智寺・韋駄天(いだてん)立像

  • 浄智寺の韋駄天立像
  • 浄智寺門前
  • 浄智寺参道
  • 浄智寺境内

北鎌倉の浄智寺は鎌倉五山第四位の古刹です。1283年に北条時宗が弟・宗政を弔うために建てられたお寺は、どこか哀愁が漂うような風景が美しく、今でも山に寄り添うように佇んでいます。

鎌倉国宝館には浄智寺の収蔵品のひとつとして、韋駄天(いだてん)立像が収められています。韋駄天とは、古代インドのバラモン教の軍神スカンダに由来している仏教の守護神です。主に禅寺の庫裏に祀られるもので、浄智寺にも鎌倉時代の作である韋駄天立像が祀られていました。五頭身くらいのずんぐりした像は木造で、軍神らしく甲冑を着ています。当時、鎌倉でのみ流行したという、粘土を型抜きして貼付ける「土紋」という装飾法が甲冑に施されているのが特徴です。また、それ以前の像と異なるのが、中国像にならって両眼に暗褐色の石をはめ込んでいる点です。当時の鎌倉が、中国文化を取り込んでいる様子がよく見て取れることから貴重とされています。

鎌倉時代の日本では、禅寺の成立に伴い多くの僧侶が中国から招かれ親交が深かった事が伺えます。それにもかかわらず、一度目の元寇(文永の役)によって、当時の執権・北条時宗は大陸の動向に敏感になっていました。鎌倉で起きた事件としては、元からの使者5人を滝ノ口で殺してしまった事が有名です。その後、二度目の元軍襲来(弘安の役)が悪天候などにより全滅し、時宗は奇跡的に国難を乗り越えました。そんな中でも、中国から僧侶が招かれては禅寺の開祖となっています。このように国難を背負いながらも、中国文化を取り込んで発展していった鎌倉独自の文化の様子が見て取れる、浄智寺の文化財なのです。

円応寺・初江王坐像と倶生神(ぐしょうしん)坐像。

  • 円応寺・初江王坐像
  • 円応寺・倶生神(ぐしょうしん)坐像1
  • 円応寺・倶生神(ぐしょうしん)坐像2
  • 円応寺境内

北鎌倉の最も鎌倉寄りにある小さなお寺、円応寺。お隣の巨大寺院である建長寺と比べてしまうため、すごくこじんまりとしたお寺に感じられます。そんな円応寺は、閻魔王を中心とした地獄の番人たちばかりを祀る珍しい寺院です。円応寺の地獄の番人は「十王」と呼ばれる10人の王から成ります。死者は初七日から始まり三回忌に至るまでの10回、それぞれの王から審判を受けるという「十王信仰」に基づいたものです。鎌倉国宝館には円応寺所属の仏像がいくつか収蔵されており、国の重要文化財もあります。そのうちの2つをご紹介します。

国の重要文化財である初江王坐像。地獄の十王のうちの2人目の審判で、死後14日目を審判する王。主に盗みに関しての取り調べを行います。本来の姿は釈迦如来だとされています。ちなみに十王のうち残りの9人は円応寺でお目にかかれます。強い目力から感じる気迫はかなりの存在感。建長3年に仏師幸有が彫ったもので、力強く的確な身体の表現は運慶様式を受け継いでいます。それに加え、宗風の装飾性が施された、関東の鎌倉彫刻を代表する作品として非常に貴重とされています。

もうひとつが、こちらも国の重要文化財に指定されている倶生神(ぐしょうしん)坐像。二体からなる不気味な立像です。人が生まれてから死ぬまでの間、常に善悪を事細かに記録して死後に十王に報告するといわれている地獄の住人。常に監視されているのかと思うと周りをキョロキョロしたくなります…。両手を広げているのは、1人目の審判秦広王に亡人の記録が書かれた巻物を読み上げているから。でこぼこの顔や長い眉毛、渦巻くあごひげなど、まるで妖怪を思わせるかのような不気味さがよく表現されています。

その他、重要文化財である鬼卒(きそつ)立像や壇拏幢(だんだとう)など、十王信仰を知る上で興味深いものが展示されています。

明月院・上杉重房坐像

  • 明月院・上杉重房坐像
  • 紫陽花寺、明月院
  • 明月院「悟りの窓」
  • 「悟りの窓」後方の庭園

紫陽花寺として有名な明月院。6月になるとブルーの紫陽花が境内いっぱいに咲き誇り、幻想的な景観で人々を魅了します。観光的要素が強そうにも思われる明月院ですが、国の重要文化財もあります。今は鎌倉国宝館に寄託されている「上杉重房坐像」です。一見普通のおじさんの坐像ですが、その「普通」こそがこの時代では珍しいものとして評価されています。

上杉重房は鎌倉時代のちに関東管領として勢力を展開していった上杉氏の祖です。もともとは貴族である公家の出身でしたが、皇族で初めて征夷大将軍となった宗尊親王の介添えとして鎌倉に入りました。宗尊親王が追放された後も鎌倉に残って武士として幕府に仕えました。その後、姻戚関係を通じて足利氏と結びつくようになります。上杉重房の孫娘は室町幕府を開いた足利尊氏の母に当たります。

明月院は禅興寺(今は廃寺)の塔頭の明月庵を起源としますが、上杉重房から三代目の上杉憲方によって中興されていて、実質的な開基は上杉憲方と考えられています。そのため明月院に上杉重房坐像が保管されていたのでしょう。明月院境内にある鎌倉最大のやぐら「明月院やぐら」には、上杉憲方の墓所と伝わる宝篋印塔が建てられています。

鎌倉時代以降、武人肖像彫刻と呼ばれる武士の彫刻がよく作られるようになりました。上杉重房坐像は、鎌倉に伝わる武人肖像彫刻では最も写実的とされているのです。温和そうな表情や顔の皺や髭の感じがリアリティがあり、現代でもこんなおじさん居そうだなぁと容易に想像が出来ます。尖った帽子は烏帽子(えぼし)といわれるもので源頼朝像なども同じものをかぶっていて、特徴的な足のポージングなどもよく似ています。しかし、上杉重房坐像はよりリアリティのある彫刻として重要文化財に指定されています。

寿福寺・地蔵菩薩立像

  • 寿福寺・地蔵菩薩立像
  • 寿福寺参道
  • 寿福寺境内
  • 寿福寺梵鐘

扇ガ谷の閉ざされた古刹、鎌倉五山第三位の寿福寺。本堂と中庭は滅多に公開されない境内ですが、美しいパターンで敷かれた石畳の参道を見るために年間を通して多くの人が訪れます。北条政子が夫・源頼朝の菩提を弔うために建てたと言われるお寺で、もともとはこの地に源氏代々の屋敷がありました。

中に入れないのでなかなか詳しい事を知る機会が少ない寿福寺ですが、実は重要な文化財がいくつも寿福寺には伝わっていることを、鎌倉国宝館で知る事が出来ます。

一番印象深かったのが国の重要文化財に指定されている地蔵菩薩立像。頭の先から足下の蓮台まで一木(一本の木)で造られています。167センチもある大きめの地蔵菩薩さまです。鎌倉時代に等身大の一木像を作っているのはとても珍しいそうです。長谷寺の観音様を見たときのような、圧倒される存在感があります。

他にも、鶴岡八幡宮に安置されていたという銅造薬師如来坐像(所属は寿福寺)は、吾妻鏡によれば北条政子の発願で作られたものだといいます。全体に金箔が施されていたのがわかりますが、鎌倉時代のものなので金箔が剥がれている所も目立ちます。こちらも重要文化財の一つです。

創建当時には七堂伽藍に14の塔頭を従えた大寺院だった寿福寺は、鎌倉時代に何度か火災に合い建物全てが焼失してしまい、その勢いは鎌倉時代初期で一度止まっているようです。これらの文化財はその難を乗り越えてのものだと考えられます。その後復興されたのは南北朝時代に入ってからのことでした。

青梅聖天社・双身歓喜天と巨福呂坂切通し

  • 青梅聖天社
  • 青梅聖天社参道1
  • 青梅聖天社参道2」
  • 青梅聖天社境内

鶴岡八幡宮の西門から、大通りへ出ずに「里のうどん」さんの脇から入る路地を進んで行くと、旧巨福呂坂切通しがあります。鎌倉時代に掘削されて出来た切通しで、現在は通り抜ける事の出来ない道です。ちょうど峠のピークあたりに青梅聖天社と呼ばれる小さなお堂が建っています。

周りは民家、道の先は通行止めということもあって人通りはありません。かつてこの切通しの守護神として祀られていた聖天社のご本尊は双身歓喜天です。聖天とは歓喜天のことを指しており、鎌倉では他に宝戒寺でも祀られます。もとは古代インドの神・ガネーシャに由来し、人身象頭で男神と女神の二体が抱き合うようにして立つ像は古くから秘仏とされてきました。ちなみに女神は十一面観音の化身とされます。日本では密教の広がりに伴い民間信仰が栄えたと言われていて、防災・富貴・夫婦和合・子宝の功徳があるとされます。ここ、青梅聖天社の像は南北朝時代の作といわれ、現在では鎌倉国宝館に寄託。そのため秘仏ではありますが、実際にお目にかかることが出来るのです。

歓喜天は私が今まで見た仏像さまとは一線を置いた出で立ちをしていて、仏像群が多く並ぶ国宝館でも異彩を放っていました。如来や菩薩といった分類としては、古代インドにルーツを持つ弁財天や大黒天などと同じく、天部(てんぶ)と呼ばれる仏さまです。

鎌倉国宝館、関連コンテンツ

鎌倉国宝館

鎌倉国宝館

鎌倉にも甚大な被害をもたらした関東大震災を契機に設立された鎌倉の重要文化財を保管・展示する博物館。

鶴岡八幡宮

鶴岡八幡宮

言わずと知れた鎌倉の2大ランドマーク「鶴岡八幡宮」。鎌倉国宝館は鶴岡八幡宮の境内にあります。

浄智寺

浄智寺

緑や苔、階段、建築物…全てが良い具合に調和した趣のあるお寺。鎌倉七福神の布袋さんがいらっしゃいます。

円応寺

円応寺

ここ円応寺には笑い閻魔ともよばれている運慶作と伝わる閻魔様が鎮座していらっしゃいます。1250年創建。

明月院

明月院

紫陽花といえば明月院。明月院といえば紫陽花、というほどに紫陽花が有名なお寺。写真の丸窓も有名ですね。

寿福寺

寿福寺

鎌倉五山第3位。境内裏手の墓地には北条政子と政子の子であり鎌倉幕府第三代将軍源実朝のお墓があります。

青梅聖天社

青梅聖天社

鎌倉七口の一つ、巨福呂坂切通しを見守る青梅聖天社の御本尊は、双身の像の神様「歓喜天」。青梅の伝説が有名。

巨福呂坂切通し

巨福呂坂切通し

鎌倉と北鎌倉を結ぶために山を掘削して切り開いた重要な道。鎌倉と外界を結ぶ「鎌倉七口」の一つに数えられる。

鎌倉エリア別ガイド